本当に裸眼で見えるようになということは素晴らしい
渥美先生、コーディネータの森村さん、その他スタッフの皆様、適切なアドバイス、親切な対応、ありがとうございました。私は2004年4月2日にPRK手術を受けました。
角膜の厚さが十分でないため、LASIKでなはくPRKになりました。
こらから【手術前】、【手術前検査】、【手術中】、【手術後】、【手術後一週間検査】、【手術2週間後】の状況をお伝えしていきたいと思います。特に手術の様子が分かるように、【手術中】は実況中継風に記述いたしました。
【手術前】
説明会に参加し、手術の内容など事前知識を豊富に与えてくれたので、手術に対する不安は全くありませんでした。説明会の当日に適正検査を行い、その日に手 術の日程を決めました。手術の日だけでなく、当日宿泊するホテルや手術後の検査の予約までしてしまいました。
説明会当日は外していましたが、通常はハード・コンタクトを装用していたので手術は約1ヶ月後になりました。手術2週 間前から、クラビットという目薬の点眼が始まりました。この手術前の1ヶ月はホームページの隅々まで熟読して、LASIKやPRKの技術資料を頭にたたき 込んでいました。知識が豊富になればなるほど疑問も多くなり、不安で一時期悩んだりしていました。しかし、恐る恐るメールで問合せると、即座に渥美先生か ら回答が返ってきたので不安はすぐに解消されました。どんなつまらない疑問でも渥美先生は快く幾度も即答していただけたので、これほど心強く思ったことは ありません。本当に感謝しております。
【手術前検査】
説明会の後の適正検査では左右とも-7.75Dだったのに、24日後の手術前検査では左右が-8.25Dと-8.5Dになり、かなり近視が悪くなっている のに驚きました。ハード・コンタクトがいかに角膜を変形させているかを実感しました。
この日から初めてコーディネータの森村さんが私の担当になりました。手術の概要、手術後の対応など懇切丁寧にガイドしてくれました。そしてその後の渥美先生とのインタビューで、最終的な手術の方法や矯正度数などの手術内容を決定しました。
【手術中】
手術当日にも簡単な視力検査を行いました。多少前回のデータと異なっていたようですが、ほとんど問題ないそうです。当クリニックの地下3階に行くように言われ、地下3階のソファーに座って順番を待ちました。
暫くすると、手術が終わった人が私の隣に座りました。涙一杯目に浮かべて、右眼はテープで斜めに塞がれていました。後になってこのテープの意味が分かりま した。手術内容を十分理解して不安はないはずなのに、ひどく緊張して肩や首が凝り固まっているのが分かりました。
手術直前に渥美先生から再び手術の説明がありました。何回も聞いていて分かっていることですが、緊張した自分にはリ ラックスさせる効果がありました。暫くして麻酔用の目薬をさされました。自分の順番が来ると靴を脱いで紙で覆われたスリッパを履き、緑色の紙で出来ている ようなコートを着せられました。クリーンルームに入るため、服装からのゴミを極力排除しているのだと思います。
自動ドアが開き、自分の名前を言うように言われました。部屋に入り手術用のリクライニングシートに座りました。キ ティーだったと思いますが、縫いぐるみをお腹に載せられ、頭が固定されました。目だけ出るようなシートで顔を覆い、右目だけが開けられました。器具で目を 大きく開けられ、赤い光を見るように言われました。「トラッキング準備完了。トラッキング開始。」という掛け声に続いて、「レーザー照射開始。」と同時に 大きな音がして目に光が当てられているのが分かりました。光が当たっている部分が、チカチカした星が血走った状態になっていました。赤い光を見続けなけれ ばいけないという義務感で、必死に目を動かさないように光を見続けました。50ミクロンという声とともにレーザーの照射が止まりました。何故かほっとしま した。
次に「レーザー照射50秒開始。」と言って、またレーザーの照射が始まりました。今度は「ギッギッ、ギッギッ」という 音に変わりました。そして「40秒」、「30秒」とカウントダウンする声が聞こえていました。この声がとても救いになっているんですよね。あと我慢すれば いい時間が分かるだけで、光を見続ける気力が沸いてきます。この時しっかりと縫いぐるみを握りしめており、この縫いぐるみの存在がいかに重要であるか分か りました。
レーザー照射が一時中断し、再び「レーザー照射10秒」と言って照射が始まりました。全てのレーザー照射が終わると目 薬を何回かさされ、大き目のソフトコンタクトを目に装着しました。またさらに目薬がさされ、器具が外されて右眼を閉じてテープで止められました。次に左眼 も同様にレーザーの照射が行われました。ソフトコンタクトを装着した段階から、かなりダブってはいますが遠くが少し見えるようなっているのが分かりまし た。全ての準備や手術を通して、手術中は全くの無痛でした。
【手術後】
手術が終わると、渥美先生が術後の眼の状態を確認していました。その後保護用のメガネをかけ、もらった5種類の目薬と飲み薬を持って予約してあるホテルに 直行しました。麻酔が切れる前に夕食を食べないと食べれなくなくかもしれないからです。事前に買っておいたおにぎりを食べ、すぐにベットに入りました。
目がジワジワと痛くなってきました。他の体験者が言っているように、「タマネギとシャンプーが目に入った状態」は正に その通りでした。これほど的確な表現は他にありませんね。どこまで痛くなるのかじっと待っていましたが、これ以上の痛みが来ることはありませんでした。 あぁ何だ、この程度の痛みだったんだと思うとすごく気が楽になり、保護用のメガネをかけたまま朝まで寝てしまいました。結局もらった麻酔用の目薬は一回も 使いませんでした。次の朝10時に再び診察を受けました。視力は右眼が0.8で左眼が0.5だと言われました。でもそんなに見えている実感はなく、近くも 遠くもボケボケで歩くのが恐いくらいでした。その日の午後は何とか自宅に戻りました。
【手術後一週間検査】
日を重ねる毎に、朝起きた時の天井の模様が徐々にはっきり見えるようになっているのが分かりました。手術後は近くが見えずらく、老眼鏡が必要になると渥美 先生に言われていたので、100円ショップで数種類の度数の老眼鏡を買ってきました。でもどれをかけても、近くが見えることはありませんでした。手術後一 週間検査でソフトコンタクトを外しました。今まで見えていたものもよく見えなくなりました。
手術後4日目くらいの視力に戻ったような気がしました。検眼の結果では、右眼は1.6で左眼は1.0見えていると言わ れました。確かに右目では遠くが見えることは見えるのですが、少しダブって見えるので、1.6見えているという実感はありませんでした。左眼は近くも遠く もダブりが激しくて、見ようと努力すると頭痛がしてきそうでした。
【手術2週間後】
手術後一週間が過ぎてある程度遠くが見えるようになったので、8日目から車を運転し始めました。右眼で結構遠くがよく見えるので、運転は全く問題ありませ んでした。グレアとかいって夜光が大きく見える現象が起きる事を聞いていましたが、光は大きくなることは全くなく、OATZという手法の威力を実感しまし た。
もうすぐ手術後2週間目になろうとしています。右眼はまだ多少ダブりは残っていますが、かなり遠くははっきり見えるよ うになりました。左眼の状態は前よりはいいのですが、ダブりはまだ大きくて遠くの文字は瞬きの一瞬はっきりしたりするという状態が続いています。近くのも のは依然両眼とも焦点が合わないのですが、+2Dの老眼鏡をかけると両眼ともはっきりと文字を見ることができるようになりました。屋外で携帯電話のメール を見たり送ったりするのに老眼鏡が必要なのがちょっと恥ずかしいですね...。
コーディネータの森村さん、4月2日は誕生日だというのに遅くまで皆さんに優しく声をかけ世話していただき、本当にあ りがとうございました。渥美先生、本当に裸眼で見えるようになということは素晴らしいことですね。日増しに見えるようになるにつれて、見えることの喜びが 増していきます。本当にありがとうございました。